胸がしくしくと痛み続けるだろうけど

胸がしくしくと痛み続けるだろうけど

 
彼は私を愛してると言った。
これが人生最後の恋だと。
 
私はそれを信じることにした。
 
それでもきっと、
この関係には終わりが来るんだろうけど。
 
 
出会った時は彼には婚約者がいて
もう止められない段階に来ていた。
きっと彼も苦しんだんだと思う。
 
 
「それなら結婚なんて止めればいい」
 
 
そう言うのは簡単だろうけど、
きっとキレイ事。
 
大勢の人を傷付けるだろうし、
ズルいと思われても
簡単には止める事なんてできない。
私たちは、そんなに強くなかった。
 
ましてや彼が選んだ女性はとても優しい人。
彼を本当に大切にしている。
そう思うと苦しくなる。
 
だから、ずっと秘密にする。
胸がしくしくと痛むのだけど。
 
 
彼は彼女との恋を
人生で最後から二番目の恋だと私に言った。
私が最後なんだと。
私はそれを信じることにした。
 
 
彼が初めて部屋に来た時、
花を一輪プレゼントしてくれた。
お小遣い制なので花束は無理だけど
一輪なら毎回プレゼントできるから、
というのが理由だそうで。
今は一家の大黒柱もお小遣い制なのね。
 
 
 
人は現在進行形の恋愛を
きっと最後の恋だと信じている。
 
しかし
 
相手がそうじゃないと思っている事を知れば
どれだけ傷付くのだろう?
 
そう分かっていても
私はこの関係を止める気はないし
彼を奪うつもりもない。
それはちっぽけな自己満足の
贖罪なのかも知れないけれど。
 
彼と過ごす穏やかな時間に
もう少し満たされていたい。
 
永遠ではないのかも知れないのだけど
今は、そう思っている。
 
きっといつか来る最後の時まで
胸がしくしくと痛み続けるんだろうけど。
 
 


 
 
仕事帰り、姉との待ち合わせ時間より
少し早く店についてしまった。
 
私は炭酸水を飲みながら
外の街行く人達を見ていた。
 
踊るような炭酸の泡と外の景色を見ながら
カフェの時間を過ごすのは好きだ。
何も考えず、ずっと眺めていられる。
 
みんな足早に歩いている。
早く家に帰りたいのだろうか?
家族が待っているのだろうか?
 
私は育ってきた家庭環境が
お世辞にも良いとは言えなかった。
 
仲が悪くいつもピリピリした両親だったが
不倫はしていなかった様だった。
話もしないのにいつも家にいたから。
 
他に行くところが無かったのだろうか?
他に一緒に過ごしたい人は
いなかったのだろうか?
 
愛しい人は、いなっかたのだろうか?
 
子供としては両親の険悪な雰囲気を
目の当たりにするより
居ない方がありがたかったのに。
 
だから私は家庭というモノに対して
さほど憧れはない。
 
だから彼との関係が
苦痛ではないのかも知れない。
 
 
 
「お待たせ」
姉が後ろから呼びかけて来た。
 
私と違って姉はいつも笑顔だ。
同じ環境で育ってきたはずなのに、
なぜこうも違うのだろう?
 
キレイで優しい姉は自慢でもあり、
私のコンプレックの原因でもある。
 
「ねぇ、来週の法事の事なんだけど」
 
そうだった。
忘れていたわけではないのだけれど
仕事と彼との時間のせいで
考える余裕がなかった。
 
ごめん、姉さん。
 
手放しで「大好き」と言える両親では
なかったけれど、
3年前に事故であっさり亡くなった時は
とてもショックだった。
 
一生懸命、私たちを育ててくれたのは
実感してるし、感謝もしてる。
離婚しなかったのも私達のためだった。
 
「帰る場所がないのは寂しいよ?」
母はいつもそう言っていた。
 
その時は分からなかったが、今はそう思う。
帰る場所がないのは、やはり寂しい。
いつかは親孝行したかった。
けど、もうチャンスはない。
素直に感謝の気持ちを伝えておけたら
よかったのに。
 
落ち込む私を支えてくれたのが姉だった。
感謝は尽きない。
 
 
 
他人だったら本当に良かったのに。
 
 
 
キラキラと輝いている姉は
私と違って順調に結婚し子供もいて
円満な家庭を築いている。
 
本当に素敵な旦那さん。
 
その旦那様が姉の事を
「最後から二番目の恋」と私に言った。
 
コンプレックスの原因となった姉への
優越感に浸りたい訳ではなかった。
ただ一目惚れというモノを
教えてくれたのが彼だった。
 
早めに終わらせなくてはいけない。
もちろん、それは分かっている。
 
姉が私の姉じゃなかったら
本当に良かったのに。
 


 
田舎の実家でつつましく法事が行われた。
両親は親戚付き合いが無かったので
集まったのは私と姉、
そして甥っ子と旦那様。
 
甥っ子は私にもなついている。
姉と私の間に座って、ずっと甘えている。
本当に素直で可愛い子だ。
この法事も旅行感覚なのだろう。
 
三人は本当に理想の家族だ。
姉も彼も甥っ子も
私はみんな大好きだ。
傷付けたくないし、壊したくなんてない。
 
両親の遺影を前に、襟が正された気がする。
本当は、ずっと前から分かっていた。
目をそらしていただけだ。
 
やっぱり彼との関係は終わりにしよう。
それが正しい事。
 
母は、どれだけ悲しんでいるのだろう。
いや、怒ってるんだろうな。
 
ごめんね、母さん。
彼には明日の夜、ちゃんと言うから。
 


 
部屋で彼を待つ間、
簡単な部屋の整理をした。
 
彼からもらった花も
一緒に買った一輪挿しのガラスの花瓶も
片づけてしまった。
 
失恋した時は相手を思い出す様な物を
目の届く所に置かない。
それが基本。
 
これで大丈夫。
うん、きっと大丈夫。
 
チャイムが鳴って私はドアを開けて
彼を迎え入れた。
 
彼はいつもの笑顔だ。
これから私が話す事も思いもしないで。
 
「はい、これ」
「え?」
 
私が話し出そうとする直前に
彼は両手でプレゼントを差し出した。
 
「なに?これ」
 
彼が差し出したのは、小さな鉢植えだった。
花ではなく、小さな多肉植物。
 
「花だとすぐ枯れちゃうから。
 これだと長く育てられるだろ?」
 
戸惑う私に彼はお構いなしに話し続ける。
 
 
「一緒に長く大事に育てて行こうよ」
 
 
何言ってるの?
言ってる意味、分かってる?
 
頭では分かってる。
しかし私の反応は違ったみたいで、
彼は私の頬を拭いて、頭をなでてくれた。
 
「喜びすぎだよ」
 
彼は照れ臭そうに笑った。
私も笑顔だったようだ。
理性と感情が一致していなかった。
本当に嬉しかった。
 
だめだ、心が折れた。
 
あんなに考えたのに。
頑張って決めたのに。
 
私なりの強い意志は
彼の笑顔にあっさりと流されてしまった。
 
 
もう諦めたよ。
 
 
「いいよ。世界一幸せな愛人ってことで」
「なんだよ?それ」
 
 
ごめん、母さん。
この二人の時間は、まだ終わりそうにない。
 
もう少し、胸がしくしくと
痛み続けるんだろうけど。
 


 

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